久保研究室では3つのテーマに関する研究をおこなっています
大脳皮質を中心とする脳の正常発生の分子細胞メカニズムの解明
前所属の慶應義塾大学医学部解剖学教室、仲嶋一範先生の研究室に在籍している時から、主にマウス子宮内電気穿孔法(in utero electroporation)という手法を用いて、発生中の神経細胞に蛍光タンパク質を導入して、神経細胞の移動や配置に関する研究を行っています。この子宮内電気穿孔法は、蛍光タンパク質によるラベル等を行って細胞の形や移動の様子を可視化する際などに大きな力を発揮します(Shin, Kitazawa, et al., J. Comp. Neurol., 2019)。他にも、目的のタンパク質の機能を調べたり(Kubo, et al., J. Neurosci., 2010)、神経細胞の活動を調節するための手法としても用いることができます(Ishii, Kubo, et al., J. Neurosci., 2015)。加えて、近年は、吉永怜史君(助教)が導入したフラッシュタグ(FlashTag)法を用いて、より簡便な、蛍光色素によるラベルを行い、幅広い脳の領域を対象に解析を行なっています(Yoshinaga, et al., iScience, 2021)。
例えば、以前には、北澤(牧野)彩子さん(助教)らとともに、マウス子宮内電気穿孔法を用いて、発生期の海馬(CA1領域)にユニークな細胞移動様式、”climbing migration”を見出しました(Kitazawa, et al., J. Neurosci., 2014)。また、フラッシュタグ法を用いた観察をきっかけに、慶應義塾大学の医学部学生だった大島鴻太君らとともに、発生期の前障という脳の特殊な領域の細胞が、独特の移動様式、”reversed migration”を示すことを見出しました(Oshima, et al., J. Neurosci., 2023)。
発生過程における要因が脳の機能に及ぼす影響とそのメカニズムの解明
上記のような脳の正常発生がうまくいかないときに、それがどのような影響を生後の脳機能に及ぼすか、に関心を持って研究をしています。
精神神経疾患の死後脳で、大脳皮質の、組織学的に軽微な変化が報告されることがあります(Kubo, Psychiatry Clin. Neurosci., 2020)。 果たして、そのような変化が発生段階での障害によって生じうるのか、もし生じうるとすると、生じた変化は生後の脳機能にどのように関わるのか、という疑問を以前から抱いてきました。これまでのマウスを用いた研究から、脳の発生の過程における遺伝要因(Kubo, et al., B.B.R.C., 2010、Tomita, Kubo, et al., Hum. Mol. Genet., 2011)や環境要因(Kubo, Deguchi, et al., JCI Insight, 2017)によって、類似した軽微な組織学的な変化が生じるうることがわかってきました。
近年では、自閉スペクトラム症の死後脳組織において、「cortical patches」という局所的な組織学的な変化が報告されています。どのようにしたらそのような変化が生じるのか、そして、その変化が脳機能、さらには、病態にどのように関わるのかを明らかにして、将来的には精神神経疾患の病態解明や症状軽減の手がかりを得ることを目標に、研究を進めています。
死後脳組織の解析による精神神経疾患の病態解明
理化学研究所、福島県立医科大学、東北大学、慶應義塾大学などとの共同研究です。倫理申請を行った上で、精神疾患死後脳・DNAバンクから精神疾患(統合失調症)と正常対照者の死後脳組織をいただき、単一細胞(核)遺伝子発現解析や、空間的遺伝子発現解析による解析を行っています。
空間的遺伝子発現解析(Spatial transcriptomics; Visium、GeoMx DSP等)では、組織切片上の空間的な位置情報と結びついた遺伝子発現解析が可能です。空間的遺伝子発現解析は、新たに登場した解析方法で、2021年1月のNature Methodsで”Method of the Year”に選ばれました。この空間的遺伝子発現解析を用いた解析が実現したことで、思わぬ方向に研究が展開しつつあります。